FBから何も生まれない訳

FBは相変わらず嫌いなんだけれども分析面では役に立つうえ自己の性格分析と記憶の甘さも認識出来た。
小学校以来音信不通の方と30うん年ぶりFB上で友人になりその方の投稿を拝見したところ同じ小学校だった期間が
自分の記憶より随分と短く、あれっと思い文集見たらその通りだった。その頃気になっていたコンプレックスな女子は
皆、自分より頭がいいやつばっかりでなのになぜか先生が自分を大目にひいき目に見てくれていたのよな。あくまで小学校だから。
ってわけでその頃、頭のいい部類に入っていたが実はその頃からバカだったんだと発覚した。
コンプレックスになっていた女子はみんないい高校に行っていた。
だからと言って幸せになってない人もいるから
これまた人生は面白い。そして地球マークで投稿していたその方は一人っ子だった。
当時から人なつっこい方だった。まあFBで何年ぶりとか友達になっても何ひとつ発展もなきゃ
なんもない。まあこっちの片思いみたいなもんだった。

縁は不思議なものでええええええっていう過去の人とつながったりするもの。

FBの悪口を散々書いたしまやかしい人が多いの事実だけど
自分の人間としてのキャパもやはりどっか狭いんだと納得。
みんなは成功した人やテレビにでる人がすきだが自分が知ってるテレビにでるようになった2人の人の
人間性はほんとくずだった。たった2人しか知らない。
これがしかし真実だし、人と付き合うときはほんと自分に対してどうおもっているのか見極めるには
ほんと時間と金もかかるし、ほんとに自分にとっていい人っていうのは以外な人だなあと
実感する。縁というものは因縁もあるしそういうものはたとえ近いような存在でもどっかで
切るのがいいし、因頭の中からそういう存在は離れにくいがそれをかき消してくれるすっごいいい過去との縁も
ある。真実を見極めるのはいろんな失敗に出会ってやっとわかるもんだなと思う。